藤原孝章研究室

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ジャーナル17
スポーツと社会貢献―サッカーの公共性
Both from charity to justice and from justice to charity
2011.04.01
(地震発生3週間後)

1.サッカーのチャリティマッチにおける三浦知良(カズ)選手のゴールに感動した。イチローが1億円、松阪大輔が100万ドル(約8400万円)、ダルビッシュ、松井秀喜が5千万円、金本知憲が1千万円、プロ野球選手会が1億2000万円という、プロ野球選手の高額義援金の報道があるなか、リーグの開幕日調整に時間のかかった日本プロ野球に対し、日本サッカー協会とサッカーJリーグは、開幕を遅らせるかわりに、「日本代表チーム対Jリーグ選抜チーム」の「復興支援サッカー・チャリティマッチ(慈善試合)」を行うことを早々と発表した。

2.選手たちも賛同し、ヨーロッパで活躍している日本人選手もシーズンの重要な時期でもあるにもかかわらず、日本代表として選ばれた選手は全員帰国した。選抜チームには被災地に縁のある選手も選ばれた。そして、両チームのメンバーは、現日本代表と前&元日本代表が選ばれるドリームマッチとなった。

3.チケットは完売し、4万人の観客サポーターがつめかけ、スタジアムは満員であった。事前の広報もあるだろうが、震災発生から3週間、暗い話題ばかりが報道されるなか、代表クラスの選手たちのゲームは、元気や勇気がでる話題を欲していた私たちの気持ちを揺さぶることになった。

4.試合は、3月29日夜、大阪(長居スタジアム)で行われ、その模様は、日本テレビ系列で放映された。世界にも同時中継されたという。選手たちは、慈善試合にありがちなのんびりした試合運びをするのではなく、夢中になってボールを追いかけ、パスをし、ゴールをねらっていた。素人目に見ても、自分たちの思いを被災地に届けたいという「熱さ」みたいなものが選手たちの一挙手一動から伝わってきた。選手は両チームともほぼ全員が出場した。カズがゴールをするなど、なんだかできすぎている感もあったが、試合終了後の彼のインタビューでは彼の目が少し潤んでいるようにも見えた。

5.平均視聴率は22.5%(関東)で、被災地仙台でも25%を超えた(読売新聞 3月30日)。この事業に関連した募金額は2000万を超え、チケットの売り上げは1億5000万円、グッズの売り上げは5860万円もあったという。これに世界150か国での放映権料なども被災地復興支援に当てられる(日本テレビニュース、3月30日)

6.プロ野球もサッカーJリーグもそれぞれ被災した球団を抱え、スタジアムやクラブハウス、選手の自宅など大きな被害があった(仙台を本拠地とするパリーグの楽天球団、仙台、鹿島、水戸を本拠地とするJリーグ球団)。にもかかわらず、シーズンの開幕延期を早々と決定したサッカーに対し、プロ野球はセパ両リーグで開幕が異なり、経営者と選手会労組との意見の食い違いなど、同一日開幕まで紆余曲折があり、その対外的なイメージに大きな差が生じてしまった。

7.死者行方不明者が、もうすでに阪神淡路大震災の5倍近くなり、かつ福島原発事故の収拾の困難さや放射能汚染の不安が報道されているなか、時機尚早ともいわれた日本サッカーのこの試みは成功した。

8.この成功の原因はなんだろうか。海外からみれば、「団結心や組織力に優れた日本人の特性である」と評価するのかもしれない。あるいは、保守的なナショナリズムからみれば、「日本人は昔からいざというときは争わないものだ、協力するものだ」という言説に還元できるのかもしれない。

9.しかし、私は、現代のサッカー文化にある「公共性とチャリティ」にかかわる考え方が大きいのではないかと思っている。以前に、サッカーの世界性については考えたことがある。サッカーはナショナルチームと各国のクラブを両輪に、一方では4年に1度のワールドカップ、他方には巨大な資本が動く各国リーグとからなり、世界規模の競技人口をもつスポーツである。他方、貧者のスポーツといわれるサッカーには、チャリティや社会貢献といった公共性にかかわる思想も併せ持っている。(本研究室「ワールドカップ・サッカー」

10.世界のサッカー界の反応は、報道を見る限り早かった。欧州(イタリア、イングランド、オランダ、ドイツなど日本人選手が活躍するリーグ)や中国、韓国からの応援メッセージやチャリティマッチ構想、元日本代表中田英寿氏(ヒデ)のチャリティオークションやチャリティーマッチ構想など多くの「発信」が見られた。(オフィシャルページ http://nakata.net/jp/ テイクアクション財団 http://www.takeactionfoundation.net/
若者である日本代表選手一人ひとりの発言も個性あるコメントになってきている。

11.サッカーや野球は、欧米(英国や米国)で生まれたスポーツであり、両者とも地域性(コミュニティとの関わり)をもっていた。地域がスポーツを育て、スポーツが地域を育てる、地域の住民はチームをサポートしお金も出すという社会貢献コミュニタリアンの考え方である。日本のJリーグの構想はこのような理念をひきついでいる。日本のプロ野球は、サッカーよりも長い歴史と伝統をもちながらも、今は「地域性と社会貢献」に対する傾斜は少ない。

12.サッカーは地域性に根ざしたスポーツであり、文字通りボール1個でできるスポーツである。ボールを繋ぎ、人と人が協力し、連携し、心を一つにしないとゴールが生まれない。文字通り「association football」なのである。これが、サッカーが被災地や紛争地、あるいはスラムで採用され、子どもたちの遊びとなり、笑顔が生まれる一因になっている。

13.サッカー文化の構成要素に社会貢献チャリティの考え方がある。私は、今回のチャリティマッチでは、選手もサポーターも含めて日本社会の中にチャリティの考え方が新しく根付いてきたのではないかと思う。「チャリティを通してメッセージを伝える(支援を送る、寄付をする)」という公共性の考え方である。

14.阪神淡路大震災の際、みずから被災地でのNGOネットワークをたちあげた故草地賢一氏(前PHD協会総主事)は、長く途上国支援にかかわり「チャリティから正義へ」という言葉を残された。「募金だけでは途上国の社会はよくならないよ」といったメッセージだった。しかし、彼の阪神淡路大震災での行動は、「ボランティア元年」といわれた地域における社会貢献だった。

15.今、私たちは、もしかしたら、「正義からチャリティへ」といった新しい事態に立ちあっているかもしれない。「チャイティを通してメッセージを伝えていく」という新しい公共性というべきものである。今回の震災が「チャリティ元年」といわれるようになる「社会貢献」のあり方が生まれているのかもしれない。

16. 最近は、フェアトレードの考え方にも「倫理的な消費」「倫理的な行動」の意味付けがなされつつある。チャリティも、人々がコミュニティに対する倫理的な関わりの1つである。このように考えれば、「三方すべてよし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」(近江商人の商道徳)「情けは人のためならず」「one for all, all for one」という言葉の意味も違ってこよう。

17.社会科教育やシティズンシップ教育では、公共性(コミュニティとの関わり、アクション)個人性(政治的・社会的なリテラシー、認識)をどう結びつけていくかが研究課題になっているが、今回のサッカーにおける「チャリティを通してメッセージを伝える(支援を送る、寄付をする)」という公共性のあり方に、私は、1つの「答え」をみたような気がした。

18.とはいえ、サッカーを通して世界が日本を注視したように、私たちも世界を見ることを怠ってはいけない(リビアにおける多国籍軍の攻撃はその1つ)。今回の震災でも、タイ最大のスラムといわれるクロントイでも、阪神の震災と同じく募金活動があったし、そこで活動するNGOからも見舞いのメールをいただいた。チャリティを通した新しい公共性が不公平な世界の現状を変えていくこと(正義)にもつながっていくべきであろう。

19.テレビのAC広告のように「いいこと」もメディアにのって何度も注入されると嫌になる。「チャリティを通した新しい公共性」が、うわすべりせず、たんなる「頑張れ日本」(ナショナリズム)だけに昇華していかない公共性、地域の再建、まちづくりに即した公共性へと向かう手だてを考える必要があるだろう。その意味でも政府だけではなく、学校も含めた行政やNGO、スポーツクラブ、企業、大学の役割は大きい。